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名古屋高等裁判所 昭和35年(ネ)258号 判決

控訴人 原告 三菱商事株式会社

訴訟代理人 上井源次

被控訴人 被告 佐々木作次

訴訟代理人 渡辺清

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金三五万円およびこれに対する昭和三三年一〇月三〇日以降右完済に至るまでの年六分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、他の一を被控訴人の負担とする。

この判決は、右第二項と第四項中被控訴人に訴訟費用の負担を命じた部分とに限り、控訴人において金一〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金七〇万円およびこれに対する昭和三三年一〇月三〇日以降右完済に至るまでの年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、それぞれ左記のとおり陳述したほか、原判決事実欄の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

第一、控訴代理人の陳述

一、控訴会社の親立観光株式会社(以下これを観光会社と略記する。)との間の本件土地建物売買契約は昭和三三年一〇月二八日双方合意のうえ解除したが、土屋一馬および被控訴人の両名はその際控訴会社に対し「預証」(甲第三号証)を差し入れてその書面記載のとおり約束した。右書面は、観光会社がその約束どおり翌二九日中に手附金七〇万円を返還しない場合または同会社がその返還能力を有しない場合には、売買の仲介をした右両名の責任上、右両名において手附金と同額の金員を賠償して支払うことを約した書面とみるか、または右両名において観光会社に代つて手附金を返還することを約した書面とみるべきである。なお、手附金の支払として交付した金七〇万円の小切手は、控訴会社より被控訴人に手交し、更に被控訴人から観光会社に交付したのである。それで控訴会社は右預証の表示する約束にもとづいて本訴請求をする。

一、右預証の表示する約束にもとづく請求が理由がないと仮定しても、被控訴人は宅地建物取引業者として受任事務の不履行により控訴会社に対し損害を蒙らせたから、控訴会社はその債務不履行にもとづく損害賠償請求として本訴請求をする。

被控訴人は、土屋から同人が本件物件の売却方を依頼されている旨を聞いて、控訴会社にその旨を報告し、その結果控訴会社が買取に乗気になつたのであるが、その時から本件売買契約締結の時までの間において被控訴人が登記簿を閲覧するための時間はいくらでもあつたのである。そして控訴会社は昭和三三年一〇月二五日か二六日ころ前後二回にわたり被控訴人に対し登記簿の閲覧方を依頼しておいた次第である。

宅地建物取引業者においては売買の目的物件たる宅地建物自体についてつぶさにかしの有無を確めると共にその登記簿を閲覧して登記簿上の記載につき不安がないかどうかを確めることが当然なすべき業務上の義務であること一点の疑もないところである。特に本件においては控訴会社より上記のように登記簿の閲覧方を依頼されているのであるから、登記簿を閲覧する義務のあることはいうまでもない。被控訴人は右の調査義務を怠り民法第六四四条および宅地建物取引業法第一三条に違反したものである。

控訴会社は、昭和三三年五月一五日に設立されたのであつて、本件売買当時はまだ土地建物売買の経験が極めて浅かつた。控訴会社の取締役山口茂、同苅谷春隆、同国枝進等は、いずれも繊維製品販売業者であり副業として控訴会社を設立したにすぎないものであり、土地建物の売買取引については素人であつた。前記のような宅地建物取引業者の登記簿を閲覧調査する義務は、民法第六四四条所定の善良なる管理者の注意義務の範囲に属し、法律が特に受任者に課した義務であるから、その義務違反の過失につき被控訴人より過失相殺の主張をなし得るものではない。

観光会社の親会社である株式会社親立総本社が破産の宣告を受け、その破産管財人からの申請にもとづき本件物件につき処分禁止の仮処分がなされ、しかも観光会社の代表取締役揚妻玉明が本件物件の売買に関する詐欺事件で大阪地方裁判所において有罪判決を受けた。しかも観光会社はまつたく無資力である。このような状態であるから、控訴会社が観光会社より手附金七〇万円の返還を受けることは容易ではなく、したがつて控訴会社が金七〇万円の損害を蒙つたとみるのが妥当である。

第二、被控訴代理人の陳述

一、被控訴人主張の売買契約合意解除の事実は認める。しかし、被控訴人が控訴会社に対し手附金七〇万円と同額の損害賠償をする約束または観光会社に代つてその手附金を返還する約束をしたような事実はない。

一、被控訴人は、控訴会社に対し本件土地建物買受のあつせんをしたことはあるけれども、控訴人主張のような委任契約を締結したことはない。被控訴人が注意義務を怠つたことにより損害賠償義務を有するという控訴人の主張は否認する。

証拠の提出援用および書証の認否は、控訴代理人において、甲第六ないし八号証を提出し、当審における証人苅谷春隆、同平松誠一および控訴会社代表者本人山口茂の各供述を援用し、被控訴代理人において、当審における証人土屋一馬および被控訴本人の各供述を援用し、甲第六号証に対しては不知をもつて答え、甲第七、八号証の各成立を認めたほか、原判決事実欄の記載と同一である。

理由

成立に争のない甲第一ないし三号証および甲第七、八号証、当審証人苅谷春隆の証言によつて真正に成立したことを推認し得る甲第六号証、原審における証人揚妻玉明、同奥田守一、同生田宏および被告本人土屋一馬の各供述、当審における証人苅谷春隆、同平松誠一および同土屋一馬の各証言ならびに原審および当審における控訴会社代表者山口茂および被控訴本人の各供述を総合し、かつ弁論の全趣旨を参照して考察すれば、左記の事実を認定するに十分である。

一、被控訴人は、昭和二二年ころから不動産売買仲介業をなし、山口茂より不動産売買の媒介を依頼されたこともあつて同人と懇意にして来たものであり、昭和二七年宅地建物取引業法が施行されてからは、同法にもとづき、登録を受けて宅地建物取引業を営んで来たものである。そして右山口は、繊維製品販売商を営み、そのかたわら不動産の売買をもなし、苅谷春隆等と共同して昭和三三年五月不動産の売買営業を目的とする控訴会社を設立し、山口がその代表取締役に、苅谷がその平取締役に就任した。

一、揚妻玉明が代表取締役をしている観光会社(親立観光株式会社)は、別紙目録記載の宅地建物を所有し、これを使用して旅館金岡荘を経営していたが、その親会社なる株式会社親立総本社(その代表取締役は前記揚妻)が多額の債務を負担して破産宣告を受け、その破産管財人は、観光会社を相手方として、右宅地建物につき、売買、譲渡、質権抵当権賃借権の設定その他の一切の処分を禁止する仮処分をし、昭和三三年八月一六日その旨の登記がなされた。そして観光会社は、同月二五日右宅地建物につき被担保債権額金六〇〇万円、抵当権者村井秀雄なる抵当権の設定登記をし、同月二九日には右建物につき賃借権者揚妻久子、期間一〇年なる賃借権の設定登記をしたが、当時多額の債務を負担し、その支払をすることができない状態にあつたため、右宅地建物を売却することとし、宅地建物取引業者水野嘉太郎に対し、叙上の仮処分登記があることを告知しないで、その売却の媒介を委託した。

一、山口は、同年一〇月中旬被控訴人に対し、旅館かアパートに使用し得る宅地建物があれば控訴会社において買い受けたい旨を申し入れて、その買受の媒介を委託した。被控訴人は、間もなく右水野方使用人土屋一馬より右宅地建物が売物となつていることを聞知したので、同月二〇日ごろそのことを山口に報告し、同人が乗気になつたので、双方の間に立つて代金額等の交渉をした。そこで山口は、被控訴人の案内により、同月二四日ころ金岡荘に赴いて宅地建物および調度品等を検分し、同月二七日(月曜日)には右苅谷と共に更に同様検分した。そして右の二七日夕刻に至つて、山口は、苅谷と協議のうえ、買受の決意をし、当時山崎新之助等もまた買受の交渉をしていた関係上、早急に翌二八日午前中に金岡荘において契約を締結することにし、被控訴人にその旨を伝達した。なお、土屋、被控訴人および山口等は、いずれもみずからまたは他人に依頼して登記簿を調査するというような方法を講ぜず、叙上の仮処分のあることを知らなかつた。しかし前記抵当権および賃借権の各登記については、揚妻が当時「抵当権と賃借権の登記がしてあるが、これは債権者よりの差押を免れるために近親者を権利者として虚偽仮装の登記をしたにすぎないから、売買が成立すれば、ただちにその抹消登記をしたうえ、所有権移転登記をする。」旨をみずから言明し、山口等においてこれを了承した。そして山口および苅谷の両名は、二七日夕刻上記のように買受の決議を被控訴人に伝達した際、はじめて登記簿の調査について発議し、三名協議の結果、被控訴人より司法書士平松誠一に電話をかけて登記簿の閲覧方を依頼した。翌二八日には、被控訴人は午前九時ごろ、山口は遅れて正午すぎころ金岡荘に赴き、苅谷も来たが、いずれも平松司法書士の登記簿閲覧の結果を聴取せず、被控訴人は山口等においてその結果を聴取したが異状がなかつたものと信じ、山口等は被控訴人においてこれを聴取したが異状がなかつたものと信じ、右三名は、仮処分のあることを知らないままで、同日午後同所において土屋および揚妻の両名と協議し、その結果、(1) 控訴会社は観光会社より右宅地建物を調度品備付のままにて代金三六〇万円の定めで買い受ける、(2) 手附金を金七〇万円とし契約締結と同時に支払うものとする、(3) 翌二九日に残代金を支払うと同時に所有権移転登記をしかつ売買物件の引渡を完了する旨の売買契約を締結して、その契約書を作成し、なお、揚妻はその際前記抵当権および賃借権の各登記を抹消するために必要な書類を準備した。そして山口は、即座に額面金七〇万円、支払人岐阜信用金庫真砂町支店なる小切手を振り出して、これを右手附金の支払として被控訴人および土屋の面前で揚妻に交付した。揚妻は、ただちに右小切手の支払を受け、その金七〇万円をもつて観光会社の債務、金岡荘従業員の退職手当等の支払に充当し、他方、山口は、残代金の弁済を準備するために、右金庫支店に赴き、右宅地建物を担保として金融を受ける交渉をした。しかし、同金庫支店係員は、平松司法書士に電話をかけて調査した結果右宅地建物に前記仮処分のあることを確知したので、「仮処分を受けている物件は売買とか抵当権の目的物として不適当である。」旨を返答した。山口は、驚いて早速金岡荘に引き返し、そこに居合せた揚妻、土屋および被控訴人の三名に対し、「自分の方は、商品として買つたのであるから、仮処分があつて金融を得るための担保とならず売却することもできない宅地建物では困る。」旨を申し向けて、前記売買契約の解除および手附金の返還を申し入れたが、揚妻は、これに応ぜず、特に手附金の没収を強く主張した。しかし、土屋と佐々木が「それでは自分等としても困るから、ぜひとも手附金を返還してほしい。仮処分を受けていることをなぜ今までに話してくれなかつたのか。」と申しながら揚妻に手附金の返還方を要請したので、揚妻は、結局において契約の解除および手附金の返還を承諾し、かつ「金七〇万円はすでに費消してしまい、金がないから、今ただちに返還することはできない。しかし、明二九日中に必ず返還する。」旨を確約した。それで山口は、土屋および被控訴人の両名に対し、「どうせ君等に売主から金を取つてもらうのであるから、君等の名前で金七〇万円の預証を書いておいてくれ。」と要求し、土屋は、揚妻より便箋を一枚もらい受けたうえ、これに、標題として「預証」と書き、本文として「金七十万円也、右金員正に御預り致しました。尚右金員は昭和三三年一〇月二九日中に御返却致します。」と記入し、かつ作成名義人として土屋の氏名を記載して押印し、被控訴人は、これに同様作成名義人としてその氏名を記載して押印したうえ、この書面(甲第三号証)を山口に交付した。

一、土屋および被控訴人の両名は、観光会社より金七〇万円の支払を受けてこれを控訴会社に交付する目的をもつて、翌二九日以来しばしば揚妻に対しその支払方を督促した。しかし、観光会社は、上記のように支払能力がないために控訴会社に対し金七〇万円の支払をすることができなかつた。揚妻は、同年一一月六日ころ本件宅地建物を前記宮崎に売却したけれども、その売却代金をもつて他の債務の支払等に充当したので、結局観光会社は今日に至るまで控訴会社に対し右金員の支払をすることができない状態にある(なお、揚妻は、前同様仮処分登記のあることを告知しないで宮崎に売却したことにより、刑事処分を受けたもののようである。)。

原審証人揚妻玉明、同奥田守一および当審証人苅谷春隆の各証言ならびに原審および当審における本人山口茂の各供述のうち右認定に抵触する部分は、にわかに信用することができない。

控訴人は、「揚妻が手附金七〇万円の返還を約束した際、被控訴人も右手附金の返還につき責任を負うべきことを確約した。」旨を主張し、更に「観光会社が二九日中に金七〇万円を返還しない場合には土屋および被控訴人の両名においてその責任上金七〇万円の賠償をするという趣旨または右両名において観光会社に代つて右金員を返還するという趣旨で、本件預証(甲第三号証)が作成交付された。」旨を主張する。しかしながら、当審証人苅谷春隆の証言ならびに原審および当審における本人山口茂の各供述のうち右各主張に副う部分は、にわかに措信し難い。前記預証(甲第三号証)には、「金七〇万円を預かつた。これを二九日中に返却する。」旨を記載してある。しかし、その「金七〇万円を預かつた。」旨の記載部分が「土屋および佐々木の両名が金七〇万円を預かつた。」という趣旨であるとすれば、その記載部分は真実に反すると断定するのほかはない。土屋もしくは被控訴人またはその両名が手附金七〇万円を預かつた事実は存在しないからである。前記認定のように、山口は仲介人たる被控訴人および土屋の面前において揚妻に対し手附金の支払として金七〇万円の小切手を交付したのである。仮にその際山口が右小切手を仲介人たる被控訴人等に手交し被控訴人等よりこれを揚妻に交付したとしても、本件の事実関係のもとにおいては、そのことは、要するに買主が売主に手附金を支払つたものとみるべく、山口が被控訴人等に手附金を預けたものとみることはできない。そしてその後売買契約が合意解除となり、揚妻がさきに受領した手附金の返還を確約したから、前記預証の作成交付当時金七〇万円を預かつていたものは観光会社にほかならない。次に「金七〇万円を二九日中に返却する。」旨の記載部分を観光会社が二九日中に金七〇万円を返還しない場合には土屋および被控訴人の両名においてこれが支払をするというような趣旨に解することは困難である。右の記載部分は前記認定の揚妻が確約した言葉をそのまま記載したものとみるべきである。しかのみならず、叙上の認定事実と原審および当審における土屋一馬および被控訴本人の各供述とを総合し、かつ金額が金七〇万円(二分しても金三五万円)という相当多額の金額である点を参しやくして考慮すれば、土屋および被控訴人は、前記預証の作成交付当時、単独でまたは両名共同して金七〇万円を支払う旨の意思を全然有せず、しかも山口において当時そのことを知つていた-知らなかつたとしても過失によつて知らなかつた-ことを肯認し得る次第である。上記のとおりであるから、土屋および被控訴人の両名が前記預証を作成交付したのは、観光会社の代表者たる揚妻が金七〇万円を預かつており、しかもこれを二九日中に返還すると確約したことを証明すると共に、揚妻が確実にその支払をするように仲介人両名において揚妻を督促し種々尽力をすることを約束したにすぎない趣旨とみるのが相当である。されば被控訴人が単独でまたは土屋と共同して金七〇万円を支払う旨の契約をしたという控訴人の主張は理由がない。

それで進んで、控訴人の損害賠償請求の主張について審案する。宅地建物取引業者は、依頼者その他の取引の関係者に対し信義を旨とし誠実にその業務を行なうことを要し、受任事務を処理するにあたつては、委任(準委任を含む。)の本旨に従い善良な管理者の注意をもつてこれを処理する義務を負うものである(宅地建物取引業法第一三条民法第六四四条)。したがつて宅地建物取引業者は、本件のように宅地または建物買受の媒介の委託を受けて特定の不動産につきその媒介をするにあたつては、委任者より特段の指示がない場合においても、みずからまたは司法書士等に依頼して登記簿を閲覧しまたはその謄本等の交付を受けて登記簿上の所有者を了知しかつ競売、仮処分、質権、抵当権、賃借権等の登記の存否を確認し、その他諸般の方法により、右不動産の主要な法律関係を調整し、その結果を委任者に告知し、もつて委任者が右の法律関係を知らないで買受契約をし取引に過誤を生じて不測の損害を蒙るに至るべきことを未然に防止するよう注意をなすべき義務があるといわなければならない。常に必ず登記簿の取調を要すると断定することはできないけれども、登記簿は不動産の法律関係を公示することを目的として備え付けてある国家の公簿であり、しかもその取調はたやすくなし得る事柄であるから、法律関係調査の方法としては、通常の場合は、まず登記簿の取調をなし、次で適宜その他の種々の取調方法をも考慮すべきであろう。本件についてこれをみるに、前記認定によつて明かであるように、被控訴人は、一〇月二〇日ころより同月二七日ころまでの間において媒介の目的不動産たる本件宅地建物の登記簿を容易に取り調べることができたにもかかわらず、全然これが取調をなさず、同月二七日夕刻山口等の発議により、ようやく平松司法書士に電話をかけて登記簿の閲覧方を依頼したにすぎない。しかも、翌二八日には被控訴人は、右司法書士に連絡して登記簿閲覧の結果を聴取するような措置に出でず、同日午後漫然と契約締結の席に立ち会つて山口をして本件買受契約を締結し手附金七〇万円を支払うに至らしめたものである。登記簿の取調をすれば、前記仮処分のあることをたやすく発見することができたことはいうまでもない。なお、被控訴人が仮処分を発見し得るような他の適切な取調方法を採用した事実を推認するに足る証拠は存在しない。揚妻は仮処分のあることを告知しないで売渡契約を締結し詐欺行為により手附金七〇万円を領得したのであるが、登記簿取調の結果等によりあらかじめ仮処分のあることを了知するにおいては、山口は買受契約を締結せず手附金七〇万円を支払うに至らなかつたに相違ない。このことは叙上の認定事実と取引の通念に照して明白である。そして観光会社が支払不能の状態にあつて右金七〇万円を返還することができないことは前記説示のとおりである。これを要するに、被控訴人は、単に登記簿の取調をするだけで控訴会社が損害を蒙ることを容易に防止することができたにもかかわらず、受任事務の処理上当然に尽すべき注意を欠き、過失によつて右の程度の取調すらせず、その結果控訴会社に損害を蒙らせるに至つたものである。しかしながら、控訴会社の代表者たる山口もまた、容易になし得る登記簿の取調すらせず、被控訴人等にその取調方の指示もせず、一〇月二八日午前中に契約を締結すべく予定して、その前日なる二七日夕刻に至つてやうやく被控訴人をして平松司法書士に電話をかけさせたにすぎない。しかも二八日には山口は、みずからまたは被控訴人等に指示して右司法書士より登記簿閲覧の結果を聴取するような措置をとらず、被控訴人を軽信して漫然と契約を締結し手附金七〇万円を支払い、その結果控訴会社が損害を蒙るに至つたのである。控訴会社が不動産の売買を営業とする株式会社であり、山口が以前から不動産売買の経験を有し苅谷等と共に控訴会社を設立してその代表取締役に就任した者であることは前記のとおりである。されば山口は、通常人に比すれば、不動産の法律関係調査の方法等に精通しており、しかも控訴会社の役職員に命じまたは取引先等に依頼して容易にその調査をなし得る立場にあつたものとみることができる。しかるに登記簿の取調すらせず、その後仲介人にこれが取調を指示しながら取調の結果の報告を督促せずこれを聴取しないで契約を締結し被控訴人を軽信して「仲介人まかせ」にしておいたのであるから、軽卒であつたと非難されてもやむを得ないところであろう。控訴会社の代表取締役たる山口もまた、取引上通常用うべき注意を怠り、過失によつて控訴会社に損害を生ぜしめたものである(証人奥田守一、同苅谷春隆および本人山口茂の各供述のうち山口等は一〇月二七日夕刻の以前から被控訴人に対し登記簿の閲覧等を指示していたという趣旨の部分が措信し難いことは前記説示のとおりである。)。上記のとおりであつて、被控訴人の過失と山口の過失とが競合し、これに基因して控訴会社に金七〇万円の損害が発生したのであるから、山口の過失をしんしやくし、被控訴人をして控訴会社に対し損害賠償として金三五万円およびこれに対する損害発生の日の以後なる昭和三三年一〇月三〇日(控訴人主張の日)以後右完済に至るまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払わしめるのが相当である。

それで控訴人の本訴請求は右説示の範囲において正当として認容し、その余は不当として棄却すべく、原判決は右の見解と一部結論を異にするので、これを変更すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰)

目録

第一、土地の表示

岐阜市金岡町二番

一、 宅地 八九坪三合

第二、建物の表示

右宅地上所在

家屋番号同所一番

一、 木造瓦葺二階建居宅

建坪 一四坪六合六勺

二階坪 一四坪六合六勺

附属

木造瓦葺二階建居宅

建坪 二七坪九合九勺

二階坪 二七坪九合九勺

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